国際啄木学会
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☆近藤典彦編『一握の砂』(朝日文庫)
〔(1+1)+{(1+1)+(1+1)}+{(1+1)+(1+1)}〕=?

 『一握の砂』の初版を再現しようという試みである。
 例えば、『一握の砂』の初版では29番歌「森の奥より銃声聞ゆ」の「銃」には「じう」とルビがふられているが、これは「じゆう」の誤りであろう。しかしながら本著ではそれをそのままとして脚注で指摘する。旧字が新字に改められている点をのぞけばほぼ初版のままの『一握の砂』が容易に入手できるようになったと言えるだろう。
 そこまでして編者が『一握の砂』の初版にこだわるのは、啄木の「心ありての試み」(西村辰五郎宛書簡 明43・10・9)への思いがそうさせるからである。すでに近藤氏は『『一握の砂』の研究』(おうふう、2004・2)において「『一握の砂』には編集上・割付け上希有の巧緻が啄木によって凝らされていた」と指摘して、『一握の砂』の世界を読み解いておられるが、この小さな文庫が届けられるまでに多くの啄木研究が積み重ねられてきたのであった。
 では、実際に再現された初版本の体裁で『一握の砂』を読むとどうなるのだろうか。東海歌にはじまる冒頭の十首は

 1+1+1+1+1+1+1+1+1+1

ではなく

 〔(1+1)+{(1+1)+(1+1)}+{(1+1)+(1+1)}〕

として立ち現れてくる。単純なたし算の正しさではなく、歌が織りなす世界の組み合わせが広がりをもって開かれていく場としてこの歌集があることが確認できるに違いない。ぜひそれを体験していただきたい。
(朝日新聞出版・2008年11月・546円)

アラビア語訳『啄木歌集 一握の砂』

 初めてのアラビア語訳『啄木歌集 一握の砂』が発行され、春のセミナーでは訳者のムハンマド・オダイマ氏から直接お話を伺うことができました。オダイマ氏をご紹介くださった盛岡支部の森義真氏は次のように述べられています。

Q この本について教えてください。

A 昨年9月、ダマスカス(シリア)の出版社から、シリア出身の詩人であるムハンマド・オダイマ氏と奥様の武田朝子氏によって、アラビア語訳『啄木歌集 一握の砂』が発行されました。オダイマ氏は現在、敬愛大学などでアラビア語の講師をされ、日本に在住されています。

Q 森さんはどのようにしてオダイマ氏と知り合いになられたのですか?

A 私は、啄木とともに宮沢賢治の愛好と研究をすすめております。その関係で、薩摩琵琶やシタールなどで賢治童話の弾き語りをする女優の林洋子さんから、ご友人のオダイマさんのことをお伺いしました。オダイマさんは啄木が大好きで、岩手の啄木ゆかりの場所を案内してほしいと頼まれていたのです。もちろん大歓迎でしたが、それが実現しないうちにこの本が出されました。

Q この本の意義はどのようなところにありますか?

A アラビア語圏で初めて紹介されましたが、現地での新聞や雑誌に書評や紹介記事で、数多く取り上げられたようです。いくつかの新聞記事の見出しだけを翻訳したものを送っていただきましたが、どれも写真入で大きく載っていました。啄木は自殺した日本の詩人として紹介されたものもあり、今後のオダイマ氏の啄木啓蒙活動に期待したいと思います

☆『啄木の母方の血脈ー新資料「工藤家由緒系譜」に拠るー』

 このたび、『啄木の母方の血脈ー新資料「工藤家由緒系譜」に拠るー』が発行されました。これは、啄木の母方・工藤家のルーツに関する新資料を翻刻したもので、発行者は元・国際啄木学会会長の遊座昭吾氏、盛岡支部の森義真氏が解説をされています。
 これまで、一般的に啄木の父方や母方のルーツをひもとくには、初代会長の岩城之徳博士の『石川啄木伝』に拠っていました。解説に詳しく述べられていますが、岩城先生の本における母方の工藤家については、啄木の伯父であり、父一禎の恩師である葛原対月、すなわち工藤条作二男の工藤直季が執筆した「平姓熊谷氏系図 写」が基になっています。
 一方、今回の新資料「工藤家由緒系譜」は、同じく啄木の伯父である工藤常象(工藤条作四男で直季の弟、工藤の本家を継いだ八代目)が執筆したものです。これは、戦災で焼失したと伝えられている工藤家九代目の工藤大助が所持していた「工藤家系図」そのものであるか、その写しである可能性が高いものです。
 この書によって、新しく判明したことは、南部氏初代の国替えに従って甲斐から三戸、そして盛岡へ移住するまでの流れと、それに伴って伝えられてきた年越しの儀式をはじめ、代々本家工藤家の家督を継いだ系譜と分家の阿部氏と工藤乙之助の家籍、工藤家とつながりの深い熊谷家の系譜とその継承をめぐるエピソード、啄木の伯父である常政と常象や従兄弟の順吉の詳しい経歴などです。

「工藤家由緒系譜」の翻刻文とともに「平姓熊谷氏系図 写」も全文掲載されたこの書の入手方法など、詳しいお問合せは盛岡支部の森義真(もりよしまさ)氏までどうぞ。

 〒020ー0131 岩手県盛岡市中堤町32ー48

 FAX 019ー641ー2462

☆池田功『石川啄木 その散文と思想』

 石川啄木というと短歌や詩という韻文が人口に膾炙され、また評価も高く多くの研究もなされたきた。しかし啄木自身は小説家になることに全力を尽していたし、残された日記や書簡・評論などの散文も読み応えがあり、また重要な問題を多く含んでいる。そこで本書では、それらの散文に新たな視点を導入して読み取ることを試み、そしてさらなる魅力を発見し評価し直している。
 前半では小説「雲は天才である」を音の視点から、「札幌」を神経衰弱という視点から、またメディアとの関係から懸賞小説との関わりなどで読み解き、さらに「ローマ字日記」を江戸時代の艶本との関わりや枠組みや描写などの分析から、きわめて意識的な作品化を意図していたことを論じている。最後に書簡では差し出す相手によって文体を変化させていたことの指摘により、啄木晩年の心境を文体面から読み解いている。 
 後半では明治10年代から一代流行思想になっていた社会進化論の影響を啄木も受けていて、進化・進歩するものに与してゆくことにより競争社会を生きてゆくことになる。ところが北海道時代に書いた「卓上一枝」などに、「適者生存」に敗れた者としての意識を記すことにより変化してゆく。そして上京後に読んだクロポトキンの『一革命家の思い出』の中に記されている、ダーウインの「生存競争」の公式を全面的に改定し「相互扶助」の方が「種の進歩的進化」には一層重要であるというクロポトキンの考えに共鳴してゆく。
その内的過程を社会進化論というキーワードによって読み解いている。またこの社会進化論の影響は、短歌滅亡論や北海道のそれぞれの街の比較等にも応用されてゆく様も指摘している。
 このように本書は啄木の散文に絞って考察し、そこから啄木が小説、日記、書簡に抱いた積極的な創作意欲などの意味を指摘し、また社会進化論という新たなキーワードを設定し、それらがどのように啄木の血となり肉となって表現されているかを考察し、新たな啄木像の構築を試みている。 (世界思想社・2008年3月・5800円)

 ☆北海道支部が設立されました

 2008年3月30日、国際啄木学会北海道支部の設立総会が札幌市内で開かれました。道内各地の啄木研究者が出席し、初代支部長に北畠立朴さんを選出。北海道における啄木研究の盛り上がりが期待されます。
 お問い合わせは、北海道情報大学立花峰夫研究室011−385−4411(内線335)、または国際啄木学会事務局へ。

 
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